死後 高級な世界へ行く方法

間違い

このページは少し難しいですが、他の団体や霊的な思想に詳しい方なら分かると思います。

最近「感謝」とよく聞きますが、霊的な成長とはほとんど無関係です。
宗教団体やスピリチュアルの方の中には、
「感謝しましょう^^感謝は高級な意識です^^日々感謝する事によって高級な意識を刺激する事が出来ます^^」
等と主張する方がいますが、これを聞いてどう思われたでしょうか?

恐らく一般の方なら、
「なんて高級で立派な思想なんだろう」
と思うのではないでしょうか?

しかし、感謝というのは、何かをして頂いて、それに対して、心から感謝するものです。何もしてもらっていないのに、心から感謝出来ますでしょうか?そもそも誰に対して、何を感謝するのでしょうか?
結局一般の人であれば、物欲を感謝したり、生まれて来た理由さえ知らずに「生んでくれてありがとう」と感謝してみたり、怒りそうになった時に相手に感謝して怒りを押し潰したり、今日も無事に過ごせてありがとうございましたと感謝してみたり、

何度も言いますが、 一番大切な事は高級な存在に対して霊的な向上を求め、高級な存在を呼ぶ事であって、先程のような感謝では高級な存在は来ません。

何かをして頂いて感謝するのは当たり前の事で、
例えば高級な存在に霊的な向上を祈り、来て頂き、それに感謝するのは当たり前の事どころか、自然に感謝するものです。しかし、その場合でも、肉体にまで伝わる程のよっぽどの感動がない限り、心から感謝する事はなかなか出来ません。

「感謝」は高級な意識でも低級な意識でもありません。
例えば、気弱な意識であれば、無理やり感謝する事で怒りを押し潰し、争いを避けます。「気弱」は高級でしょうか?低級でしょうか?
また、「怒り」にしても未熟な意識からの怒りもありますが、高級な意識からの怒りも当然あります。
ただ単に怒られて怒り返す時の「怒り」と、弱い者が苛められている現場を見た時の「怒り」は違うはずです。

ですので、「感謝」自体、別に高級でも低級でもありませんが、確かに少し高級な意識を刺激する可能性もあると思います。
例えば、人と不必要な争いになりそうな時に、無理やり感謝すれば怒りも少しは収まるかも知れません。
しかし、この方法では上手く出来て100年経ってやっとほんの少し成長出来る程度だと思います。

仮に上手く行った場合、
高級と言っても肉体の弱肉強食の動物の脳を使用している表面意識には限度がありますので、動物の脳で動物の脳以上の意識はなかなか成長させる事は出来ません。
せいぜい動物の脳より未熟な意識を少し成長させるか、動物の脳の中では高級な意識を少し成長させる程度です。
誰にでももっと高級な意識がありますが、最初から表面意識(動物の脳)より遥かに高級な意識を、表面意識で一体どうやって更に高級に出来ますか?更に高級な意識の霊魂の協力がなければ最初から高級な意識はなかなか成長出来ません。
表面意識から、他の意識を成長させる事も確かにありますが、このように非常に難しく、高級な霊魂の協力無しにはほぼ不可能です。

上手くいかない場合、
感謝するような意識は選択されますが、では他の意識はどうなるでしょうか?
怒っているのに、常に自分は選択されない。
その意識は成長しないどころか、いずれストレスが溜まり、爆発するか、鬱になります。そればかりか、怒る事が未熟では無いので、高級な意識からの怒りも押し潰す事になります。

それでいて、感謝を実践している人は、日常の争いや怒りが減るはずですし、人間関係も良くなり、
大袈裟に人助けや親切にする事で、相手からも感謝されますし、自分も「こんなに善い事が出来た!」と自己満足も出来、
さぞかし気持ちも良く、いつの間にか自分は成長したと大きな大きな勘違いをする事になります。
気持ちが良いのは、所詮は善い事をしたという自己満足か、感謝されれば嬉しいのは誰でも当たり前の事です。
性格や心にも書きましたが、「自分はこんなに善い事をしている」等と思っている時点で未熟ですし、仏教でいう徳にもなりませんし、キリスト教でいう天に蓄える事にもなりませんし、善い霊的カルマにもなりません。
それにも関わらず、自分は成長したと思い込み、人々に感謝の大切さを語り、人々からも高級で立派な人だと思われ、いつの間にか、一番肝心な高級な存在に霊的な向上を求めなくなります

「感謝」はもちろん別に悪い事ではありませんが、
先程のように、一見高級で立派な思想に見えて、実は成長出来ず、ストレスが溜まり鬱になるか、爆発してとんでもない事件を起こすか、成長もしていないのに成長したと自惚れた人を生み出す可能性が非常に高いです

これはあくまでも「感謝」の一例ですが、
他にも「愛」などにしても、未熟な段階での「愛」は、所詮、他人より自分を愛し、他人の子供より自分の子供を愛し、他の国よりも自分の国を愛するように、『自己中心的で自分勝手な愛』でしかありません。
自分の視界に入る人のみ愛し、資本主義の社会ですので、知らず知らずのうちに視界に入らない人を蹴落としているだけに過ぎません。
それにも関わらず、本人は、愛が深いと想い、成長したと自惚れ、道を外します。
自己中心的で自分勝手な愛をしっかり語らず、ただただ綺麗な愛を語る団体には、未熟な霊魂しか関わっていません。
他にも、平和もうわべだけの平和ではどうにもなりませんし、逆に、自由に生きてストレスを溜めないようにと言ってみたり、

このように未熟な霊魂は巧みに綺麗な言葉を使い、人々を成長させないように仕向けていますので、
一番肝心な 霊的な成長 から決してズレないように、くれぐれも気を付けて頂きたいと思います